起業スイッチ

導入

2011年に設立後、大手から中小まで様々な企業にエンジニアを紹介するヒューマンリソース事業や、企業とのユニークなタイアップ企画を手がけてきたスマートソーシャル。

20代での起業も少なくない近年において、代表の酒井氏は20年近くリクルートに勤めた後、40代で当社を立ち上げた珍しい起業家だ。

その口から語られるストーリーは、決してエリートの成功体験でも、壮絶な失敗体験でもない。今では考えられないような当時の厳しい環境の中で、もがきながら、ゆるやかに成長を続けて起業にたどり着いた、一人のごく普通の男のストーリーである。

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鬱々とした学生時代に出会ったリクルート

ー起業家のパターンとして、元々強烈に起業したかったという人と、何かの流れで起業した人の大きく2つがあると思うんですけど、酒井さんはどちらだったのでしょうか?

後者ですね。僕は学生時代からずっと主体性がありませんでした。

ーなるほど。酒井さんという起業家のルーツに迫りたいので、今回はその学生時代のお話からお聞かせ頂けますか?

分かりました。

まず僕は中学卒業後に地元の新潟の高専に入ったんですけど、それもエンジニアになりたかった父に勧められるがまま。

高専は5年間でエンジニアの専門課程を詰め込むんですけど、僕は手先も不器用で、得意科目も国語や社会だったので、日々悶々としながら学生生活を送っていました。

学校が好きになれなくて、辞めたい、逃げ出したい・・・でも現状のリセットを決断する勇気もありませんでした。

昔から、強い意志を持っているようなタイプではないんです。最近の若い起業家たちは夢や希望に溢れているんですけど、僕は真逆で。格好良くはないんですけど、これだけはやりたいというのがうっすらとあって、弱々しくもそれだけは守るためにやってきた、というのが正しいです。

ー高専卒業後はエンジニアにならずにリクルートに入ったんですよね。そのきっかけはなんだったんですか?

忘れもしないですね。1988年、学生最後の夏に放映されたリクルートのCMです。それまではリクルートという会社を知らなかったんですけど、CMの映像からエンディングの「情報が人間を熱くする」という一言まで、その全てに心を掴まれて・・・「何なんだこの会社は!」と。

それで学校の就職部に置いてあった、会社がいっぱい載っている本を読みあさって調べていると、巻末にリクルートの名前を見つけまして・・・リクルートが何をやっているかを、リクルートブックで知るという嘘のような本当の話です(笑)

ーなるほど(笑)

その後も、地元の新潟のメッキ加工のメーカーさんが社名変更するという話を聞いて。何だろうと思ったら、これもリクルートが手伝って社名変更をして、大卒を採って、世界に出て行くんだという話を聞いて「そんなこともやっているのか!」と。

このまま自分は高専を出て、地元で向いてないエンジニアになるんだと日々悶々としていた時に、名もない会社を大きくして世界に打ち出していく、リクルートの仕事に心を射抜かれたんです。

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背水の陣で挑んだ面接

ーそれでリクルートの面接を受けに行ったと。

はい。でも教授に面接のための推薦状をもらいにいくのがまた大変でした。

当時のリクルートは理系シフトのタイミングで、受けたいという人にはとにかく全部会って、バンバン落とすということをしていて、僕の前に受けた同級生たちはみんな不採用だったんです。

高専は高度経済成長のエンジニア不足を補うために国策で作られた学校。大学の一般課程を圧縮して専門課程を集中的に学び、結果として大卒と同じことができるという、企業からしたら金の卵なので、教授の推薦があればよほどじゃない限り全部受かります。それが推薦状を書いても書いても落とされ続けるので、教授からすると「このリクルートという会社は何なんだ。失礼だ」なんて思うわけです。

なんとか説き伏せて推薦状を書いてもらいましたが、教授には「落ちてももう君には推薦状は書かない!」と言われて・・・大学への編入もない、滑り止めもない、リクルート一本勝負になりました。

ーなるほど、まさに背水の陣ですね。

そうです。落ちることは許されないので、どうやったら受かるのかを分析して研究して、面接の応酬話法を徹底的に練習しました。

部活も辞めてぶらぶらしているような学生生活だったので、普通に受けても受かるはずがないじゃないですか。

いくら売り手市場でも、必要のない人間を採ることはないので、自己アピールの前に先方のニーズありきと考えて、先輩や先に面接受けた同級生を徹底的に取材してリクルートが求めている人間とは何かをひたすら分析しました。

ー良いですね、それって学生だとなかなか出来ないと思います。それで本番はどうでしたか?

テストは問題なく解けましたし、作文は入念に練習してきていたので目をつむっていても書けました。問題は面接でした。

2人の面接官のうち、1人は終始、苦虫を噛み潰した顔をしていて・・・要は無言の圧迫面接ですよ。それでもう1人の方が質問をしてくるんですけど、それも部活を辞めた理由とか、勉強への取り組みとか、厳しいところを攻められて。作っても仕方がないので、自分自身をさらけ出して正直に答えていきました。

終盤、リクルートを志望した理由を聞かれた時は、もう堰を切ったように今までの感情をぶつけましたね。CMのメッセージに共鳴したこと、新しい価値を世の中に投げかけて世界が変わる姿を見たいこと・・・一気に話しました。

ー練習していたところですね。

そうです。ただ最後の最後で、ピンチが訪れるんです。

黙っていたもう一人の面接官が口を開いて「ところで、酒井君って友だちにとってどんな存在なの?」という質問をされまして。想像もしていなかったし、考えたこともなかったので・・・もうまっさらな自分を出そうと思って「愛されキャラです!」と答えました。

そしたら、ずっと寡黙だったその面接官の方に、大声で爆笑されたんです(笑)

ーそれ面接の場でぽろっと言われたら、笑うと思います(笑) でも結果合格されたわけなので、それも良かったんでしょうね。

卑下しているわけでも謙遜しているわけでもなく、客観的に見て僕は能力が突出しているわけではないです。だいたい全て平均以下くらいだと思います。

そんな中でも唯一、人に嫌われない能力というのはあって。言葉にしたのはその面接が初めてだったんですけど、今でも活きていますね。

リクルートに入るまでのストーリーは、だいたいこんな感じです。

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入社した時から考えていた「辞め方」

ー元々、物事に対して入念な準備をして臨むタイプなんですか?

設定したゴールに辿り着くために、どうしなければならないのかを逆算して進めていくシュミレーションは、昔からやっていました。

入念な準備が必要というよりは、そもそも世の中はいい事ばかりは起こらない。大概は良くない事が起こると思ってきました。

ーお話を伺っていて感じましたが、ネガティブというと語弊がありますが・・・なんか酒井さんはリクルートっぽくないですよね(笑)

それ、リクルート時代もお客さんからよく言われました(笑)

一見、明るくてわいわい喋るところはリクルートっぽく見られるんですけど「世の中は悪いことだらけだよね」っていうのは、後ろ向きに見えるんでリクルートの人はあまり言わないですね。

ーそうですね、思わなさそうなイメージがあります(笑)

リクルートってやめてこそ強く思うんですが本当にいい会社で今も大好きです。誤解を恐れずに言うとこの世の楽園じゃないかとすら感じています(笑)

みんな自由闊達に生き生きやっているし、ツーと言えばカーとわかってもらえるコミュニケーション環境があって、内向きな社内だけを向いてる議論もない。非常に稀有な環境だと思うんです。

つまり性善説だらけというか。そのおかげで全く使い物にならなかった僕みたいな存在も、きちんとなんらかの形には育てていただいたわけで。

でも一歩社外に出たら違うぞと。

半沢直樹じゃないですが社内政治だけする人がいたり、正しいことが正しく遂行されないことも多い・・・仕事以外でいろんなことが起こる。僕はリクルートにいた時から思っていました。

キープヤングを打ち出している会社なので、どのような形であれいつかは卒業、辞める時が来る、その時に色んな準備をせずに外に出たら、だめだということは常に考えていましたね。

ーやはり用意周到というか、メンタル的には最初から卒業の準備に入られていたんですね。

そうですね、新入社員の時から。

でも周りには言わなかったですよ。そんなこと言うときっと「何、後ろ向きに暗いこと考えているんだよ!」って言われるじゃないですか(笑)

入念な対策と、土壇場でも着飾らない素直さが功を奏して、ついに念願のリクルートに入社した酒井氏。

しかし、社外ではリクルート事件が起き、社内は体育会系の人材で溢れかえっていた当時。入社後は、酒井氏の想像を遥かに上回るハードな日々が待ち受けていた・・・。

-Part2に続く-

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